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yuuの一人芝居

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創作秘話 あしあとひとつ あしおとふたつ

創作秘話 「あしあとひとつ あしおとふたつ」
               2016/8/4

 私が瞽女さをなぜ書いたのか、それは私の青春時代に瞽女さ、盲目の女旅芸人、に出会っていることに起因しているのかもしれない。
 もう五十年も前のこと、赤倉温泉に遊んだ時に、夕餉の膳をつついているたら、風に乗って物哀しい三味の音が流れてきた。何か非常に郷愁を誘うその響きに心打たれて聴いてみたいと宿のお姉さんに聞いたところ座敷に呼べるという事で上がってもらった。瞽女と言う名前の盲目の旅芸人だと言った。私が瞽女さとさをつけるのは親しみを込めてのもの、いいえ、其の人を差別していないと言う事だ。
  座敷に上がって襖を背にして自己紹介をし、お招きいただいてありがとうございますと弁じた。それから世間話を少しして、それではと言う事で三味をたたき始めた。其の音色は彼女の人生を包み込んだかのような哀愁のこもったものだった。
しずかに流れるときの中で其の音は別の世界を作り上げていった。
 私はなぜか緊張していた。発せられる空気は異様な雰囲気を醸し出していた。それを言いかえれば神懸るいうことになる。その事は後に知ることになるのだが、吸いこまれ酔わされていた。私は何処かえ連れて行かれると言う時の流れの中にいた。
 瞽女さはそのころが最後でそれ以降は消えていく定めの中にいた。
 そんな因縁があって瞽女さを書く時に調べた。其の起源は平安時代にさかのぼり、盲目と言う旅芸人は全国に存在していたという事を知った。が、そのころには、越後の高田、長岡にしか残っていなかったのだ。私が書いていた頃にはまだ後女さは存在していたが、それから後継者がいなくなり地元の人達により継承され大切にされ残ると言うことになっている。
 神がかりと書いたが、瞽女さは特殊な天分を備え持っていた。盲目のと言う障害ゆえに常人には捉え見ることが出来ないものが見える、こころ、で感じることが出来そこから予言的なこと、霊とのやりとりなど、また、仏教に深い造詣を持っていることも明らかになった。恐山のいたこ、津軽三味線などの起源は瞽さによって発せられている。
 私は、障害者としては書くことが出来なかった。むしろ、常人より優れたものを包含する人達として見なくてはならない事を感じた。
 この戯曲も瞽女さの常人にないものを醸すことに全力を投入している。
「別れを嘆き悲しむより、其の人と会えたことを喜ぶ」
「障害者と甘えることなく感謝を忘れない生き方を、それ以上の心得を持ち自立して生きて行き道を築くこと」
 それらは決して忘れてはいけない戒めとして伝えられ、厳しい戒律の中で存在していた。
 今の世の中を見て、私は瞽女さを神々しく眺め、其の存在の在り方を、今の人達は省みなくてはならないのではないかと提言する様に書いた。
 障害者に対しての処し方は正しいのだろうか、其の問いかけは今でも私の心を震わせている。
 ひととして生まれ、障害を持って生きる、そこに常人と区別も差別もない。たとえば煙草を吸う、酒を吞む、それくらいの差としてしか私には思われない。
 人権を叫び、被害者を言い募り、路辺にたむろする人達、それは自らが区別をし差別をしている事を気づかなくてはらない。
 どんな障害を持っていても卑屈にならずに我が道を歩んだ瞽女さに心より尊敬の念を発したい。
 また、それを後世に残そうとして活動をしている人達に人間としての道をあるかれている精神を感じている。
 私が書いた盲目の女芸人、きく、が、私の中で成長していく中私はそれに伴って成長しているのかは疑問があるが…。


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